先天の図 先天八卦
先天八卦と後天八卦の違い
結論から言ってしまえば、先天八卦は、天の側から地を見た八卦図です、逆に後天八掛は、地から天を見た八卦図と言えます。
伏儀の先天八卦
伏羲が河図より作ったといわれる,先天八卦は、天の気が地に向かって下降し,地の気が天に向かって上昇し,その両者が大気中にて交わり,その力によって万物が育成するという天地自然の本質の図となっています。
それは、天の雲から地面に打ち付けられる雷鳴を想像したらいいでしょうか、雲が生き物のようにうねりながら回転していくと雲に多くのプラスの電子がたまりこみ、地面へと雷鳴をとどろかせながら落ちてゆきます。
その姿は、龍がうねりながら、背中のうろこをこすらせて、力をため込み地に落とす。このような姿を想像したのでしょう。科学が発展した今の時代、我々から見れば、雲にたまった電子が、地面に放出されることとみることができます、天の気と地の気がつながる姿は竜巻にも似ています。
易経は。編纂(へんさん)された書物
繋辞伝(けいじでん)には「河出図 洛出書 聖人則之」
河図を出す。洛(らく)書を出す。聖人、之に則る。(これにのっとる)
黄海にて見つけ出した洛書をみて聖人(伏羲)はこの内容にのっとったというわけです。
ここには, こんな逸話があります。
伏羲が黄河のほとりをとぼとぼ歩いていると、奇妙な動物に遭遇します。顔は龍、体は馬と言われる 龍馬に遭遇しました。その龍馬の背中に書かれていた図が先天八卦だといわれています。
中華五術の中にある「卜」(ぼく)が 亀の甲羅や丑や鹿の肩甲骨を火で炙りその割れ具合で吉凶を占うのに対し、「筮」(ぜい)は蓍(めどき)の茎をもちいた占術でうが、後世、このような占いのもととなったのが、伏義の無極から二気 陰陽の2つのエネルギーが相生 相克 比和を持って森羅万象の変化をときました、この易経の著者と言われていて、「易経」「黄帝内経」「山海経」とあわせて上古三大奇書と呼ばれている
伏羲(ふっぎ)と女媧(じょか)
伏羲と兄弟とも夫婦ともいわれる女媧(じょか)ですが表す絵図には足を絡ませて立っています。これは、天の混沌から生まれた二気が絡まり合い。天の大いなる力を示しています。混沌から一元 陰陽二気がいまれてはいますが、
自然界の法則性を探求する中で、天の法則を表した伏羲の先天八卦は、易学、風水 医学 思想 宗教の根幹基本となっている事は、易や漢方を学ぶと当たり前のように出てきます。
これは、中華思想の概念でありますので違う違わないという問題ではなく。中華思想の背骨として扱う必要があります。
伏羲が、天の法則を読んだのに対し文王が残した後天八卦は、地の理(ことわり)を表したものと見るべきではないでしょうか。
伏羲の先天八卦は、易学、風水 医学 思想 宗教の根幹基本
中華思想の背骨として扱う必要がある。
先天八卦は天を読み 後天八掛は家族を読んだ
先天八卦と後天八卦では読む順番が違います。これは、龍馬河図をよんだからこうなった。
神亀洛書をみてこうなったというのもあるのでしょうが、そういった 神秘的な内容を何千年と信じそのごとくに易に展開し、中華思想に取り込み、人の生死にかかわる医学にも応用するには、それなりの理由があったと考えるます。天の法則の根幹にあるのが、父母を中心とする家族であるというのは、八卦を観てもわかります。八卦の願うのは、家族の幸せであり、家族がまとまることが、天地万象を動かす基本となっています。
それでは、先天八卦の構図と後天八卦の構図の違いは、どの様になっているのでしょう。
伏羲、先天八卦の並び 「乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤」
文王、後天八卦の並び 「乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兌」
伏羲の読んだ先天八卦
伏羲の読んだ先天八卦の順番は 「乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤」 という順番になります。この読んだ順番に対して色々言われていますが、 天・父を表す 乾 と地、母を表す 坤 に包まれたすべての万象を表したのではないでしょうか 乾 (天、父)の近くに 兌 (沢)をおいたのも単純に 伏羲の近くに沢があり、火 雷 風 水 山と 天から観た順番を書き写したのではないかというのが言われています。
このように 伏羲は天から見た構図として先天八掛を読みました。
文王の読んだ後天八卦
文王の読んだ後天八卦の順番は、 「乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兌」 という順番になります。この順番を家族に置き換えて観ましょう。
乾(天、父) 坤(地、母)
震(雷、長男)巽(風、長女)坎(水、次男)離(火、次女)艮(山、三男)兌 (沢、三女)
どうでしょう。家族構成をそのまま順番に置き換えた構図になります。 乾は、父を表し、坤は、母を表し、父母のもとに集まった六人兄弟を表します。順番も長男、長女、次男、次女、三男、三女と表していることを見ても、家族には順番があり手順があることが見て取れます。 このように文王の読んだ後天八卦は家族として、地上に住む人間を見て後天八卦を読みました。このことから見ても文王は、家族を大事にしていたことが見て取れます。
ここで見えてくるのが、先天八卦は伏羲の目で見た天の星の運行を地上におろしてみたらこうであったと言い順番になります。後天八卦は。地上に生きる家族を自然界に合わせたらこうなったと地から見た並びであると言えます。
と言っても、伏羲の先天八卦においても文王の後天八卦においても、家族構成を表していることは間違いないことです。こういった家族は、天地の基本として表され、万古不変の起源となり、礎(いしづえ)です。
周の文王の後天の図
周の文王が先天の図を手本にして作った天地自然の変化活動の図です。
文王後天図は、横河の支流 洛水から陸地上がってきた神亀の背中に書かれたものとされています。 ここで少し、神亀の話を言いますと、古来より水は現世を表し、美しくきれいな清い水も流れぶつかり小川が大河になると大きなうねりを生みますが、周りに同化して汚れれば、汚水となります。
神亀が見つかったのは,神話の時代、夏王朝が起こる前、禹が黄河治水工事をする。黄河の支流、清く澄んだ洛水から陸地上がってきたとされています。 また、亀は玄武にも出てくるように、固く鉄壁なもの、四つの足でしっかりと大地をつかみ川の中を自由に動き、じっとしていれば岩のように動かず、一所にいることもでき、安定を表し、不変なる真理を表します。つまりこの世の真理を表しているので、背中に書かれた八卦も、この世の真理を表しています。
また、古来より 占術には、骨や亀の甲羅を用いることもありました。神の使いとしての神亀の背中を見てこれは、天が遣わした万象として見ることができたと知るなら、これこそが、天の願いであると思い、なお、書かれている洛書として後世に伝えたのでしょう。
中華思想の中で、亀は 神聖な動物として大切にされてきました。中国は多くの戦争をして、国が大きく変わってきた文化があります 王と平民の差は大きく支配する側とされる側の構図は、時代を超えても変わりなく。王が求めるのは、永遠でした。永遠に死なない 永遠に収めた国が続くことを願い、不老長寿を願いました。神亀や霊亀は、中華思想の中でも永遠、長寿という点で、聖獣でした。
日本の浦島太郎伝説でも海辺でいじめられてている亀を助けて 甲羅に乗って竜宮城に行き楽しいひと時を過ぎ、乙姫様から渡された玉手箱を開いた浦島太郎が老人になってしまいます。亀の背中に乗つているときは、若く、年を取りませんでした。まさに亀は、長寿 永遠の象徴だったのでしょう。
後天八卦は、乾、兌、離、震、巽、坎、艮、坤の方位展開に、
子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の
十二支を組み合わせた方位が説かれるようになりました。
天と人は親子の関係。
「天は 烝民(じょうみん)を生ず。物あれば則(のり)あり」 天から生じた烝民 人間は、万物の法則の中で生きていることを表す。 天と人は親子の関係。天の立てた法則性、規律性、一貫性の中で生活している
私たちの歴史は、親子の連続です、二人の親から生まれた男女が出合い、愛し合い、子をもうけその子がまた新たな伴侶を得て子をもらい受けて子を産む。こういったことは当たり前のように歴史の中で連続して起きていますこういった一貫した法則性、規律性、一貫性をもって生きています。
伏羲の先天八卦 文王の後天八卦
さて伏羲の先天八卦、文王の先天八卦を比べてみましょう。
伏羲の先天八卦
乾(天、父)兌(沢、三女)離(火、次女)震(雷、長男)巽(風、長女)坎(水、次男)艮(山、三男)坤(地、母)
文王の後天八卦
乾(天、父)坤(地、母)震(雷、長男)巽(風、長女)坎(水、次男)離(火、次女)艮(山、三男)兌 (沢、三女)
伏羲の先天八卦では、乾坤(けんこん)は、子供を包むように両サイドにおいてい末の子をまもりお父さんが、末娘を、お母さんが末っ子を守りながらおいています。
文王の乾坤は2人並びその後に子供が順番に並んでいます。
こうした並びは、むやみに置いているわけでなく。天地の意図があってこのような順番になっています。なぜ、このような順番になっているのか、そこには、天の側から見た家族の愛のカタチと、地から見た家族の愛のカタチとみていくとどう思えるでしょう。
易経を観ていく中で、易は変化するというのが基本としてありますが、この先天八卦、後天八卦でみる家族愛 親子愛は不変であることを表しています。そうであるために。万古普遍の起源となり、礎(いしづえ)と言えます。
天の法則を呼んだ先天の八卦に対し、地の理をよんだ後天の八卦
先天八掛と後天八卦の違いは、伏羲の先天八卦方位図が表す内容は、天から陰陽二気、男と女が分かれ結婚し 子を設け 育て発展していくことを表しています。父母がいて、長男 次男 三男 長女 次女 三女の八人家族として表しています。
現代科学でも 精子と卵子が結合し 二分割 四分割 八分割と分かれ、六四分割で子宮に定着します。まさに先天八卦図は、生命の誕生を表しました。
文王後天八卦図は、生まれた後の人に対しての法則が書かれたものです。伏羲の先天八卦が天を基準に描かれたもの天から見たものであるのに対し、文王 後天八卦は地、この世の環境から見たものを表していると言えます。
天の法則と体内の法則
天 二気 四象 八卦 64卦
卵子 二分割 四分割 八分割 64分割 定着
伏羲の先天図 先天八卦が天から教えられた天の図で 文王の後天図 後天八卦図は、人が地に表した地の図であります。空を見上げて展開したのが先天八卦 地に書き出したのが後天八卦となり、その間に人の思いが重なり合っているので、先天八卦、後天八卦も見方や、宗派によっては違ってくるのは どうしても仕方のないことです。人の感情は一つではないので、同じ図を見ても、環境や動機 思考というものが重なるので見方も違ってくるということです。
悪心邪心を収めて善心良心を行う
易経)に悪を遏めて善を揚げ、天の休命に順うとあり。吉凶成敗は天にあっても,それをそれを招くゆえんは人間にある。
君子以遏惡揚善、順天休命
人は必ず天を見ながら生活する人と、地を見ながら生活する人がいます。歴史的に見ても天の星の運行をみて地にあらわしたのが、エジプトのピラミッドであったり、ナスカの地上絵だったりします。
すべての人間が、天の法則や巡行する規律性、一貫性を理解できません。それは、人には善の判断と悪の判断があるからです。歴史の中で私たちの体の中に、善の判断と悪の判断が混同しています。
たとえ、天の先天八卦が正しく、地の後天の八卦がただしかったとしても判断する我々人間の判断で大きく変わります。
天の星の流れが何億年と変わらず運行していても、地の万象の現象が変わらずにいても、判断する人間が決める内容によって結果は大きく変わるのです。そう思うと、人類が生まれてきて後付けのように悪心は発生したと見えるので、この悪心を抑え 善を行うことが今に見る正しい判断ができる内容なのだとかんじます。
それは、(易経)に悪を遏めて善を揚げ、天の休命に順うとあり。吉凶成敗は天にあっても,それをそれを招くゆえんは人間にあるとあります。悪なる心悪心邪心を収めて善心良心を行い、天心天運に従うとあり、良し悪し運不運は天(天帝、見えない宇宙の力)にあるのだとしてもそれを招いているのは人間なのだといっています。
そうであるために、正しいものをみて、正しさとは何なのか知ることで先天八卦と後天八卦を見ていくことで未来予想図がえがけるでしょう。
先天八卦の魔方陣
伏儀の先天八卦の並びにおいて、角地が奇数になり、奇数を足すと二〇数になります。
また、十字部分の偶数を足すと二〇数になります。(5数は中庸になるのでどちらにも入らない)
1,3,7,9=二〇数。
2,4,6,8=二〇数
後天八卦の魔方陣
文王の後天八卦は左右斜めの場所の合計が15になります。
4,9,2=15
2,7,6=15
6,1,8=15
4,3,8=15
4,5,6=15
2,5,8=15