住む家や部屋により幸せになる、
今回のお話の結論から言うと、東西南北の線状に重なるように建てられた家や部屋、玄関の方位の重なる場所には住んではいけない。
私たちは、何気なく土地を買い、家を建てますが、家を建てる場所や、玄関方位によっては非常にいいめぐりあわせにあったり、その反面、とんでもなく大変な目に合うことがあります。
それはなぜでしょう。単純に言ってしまえば、地球には磁気があり、太陽から非常に大きな太陽風が流れているため、地球の磁気に少なからずの影響があり、そんな大きな力のもとで過ごしている私たちが、何の影響も受けずに生活することはあり得ないのです。
ゆえに、私が住む家や部屋は、宇宙の法則に合っていれば多大な福が与えられますが、合わなければ、どうしようもない状態に陥ります。
わたしが生活する中で、自分の運勢に影響を与える家に住んだり、その家を選んでしまうのは、こういった何気なく家を選ぶときに起きやすく。つい選んでしまったのがこの家だったり、この部屋であったとなるのは、そういった思いが沸いてくるという自分をそういった方向に引っ張る者がいます。
ここで、これから考えていただきたいことは、そういった、自分を幸せにする家や部屋があり、その反対に自分を不幸せにする家や部屋があることがあるということを見ていきたいと思います。
家が建つ方位
さてそこで自分の建っている家の状態を見ていきましょう。私の住んでいる場所は、私が生きていくのに一番影響を受ける場所です。私が休める場所が、私の家であり、私の部屋です。しかし、人間は、古来に培ってきた、いい場所探しの感覚が鈍っているため、多少の居心地の悪さも感じず、生活します。犬や猫、鳥などは自分の住む場所の居心地の良さを体感で知っています。家にいる猫を見ていると暑いときはこの場所。寒いときはあの場所と必ず自分の居場所を確保しますし。鳥も季節により、住む場所を変化させます。
しかし、人間は、残念なことに、家賃に縛られ、支払いに縛られて、決めた場所を動かないし、動けません。 しかし、自分の住んでいる場所が、自分の不幸の原因であると分かれば動いた方が幸せになれます。どうでしょう。
さて、自分の住んでいる場所を見ていきましょう。
まず、家の図面を型紙に移し、家の中心を調べます。
方法は、図のようにして家の中心を見てください。
家の中心がでたら、そこから玄関の方位を見てみましょう。
玄関の方位はどのようになったでしょうか
玄関方位と 自分の本命卦が良くても住じゃダメ。
玄関方位がわかったら自分の本命卦(ほんめいか)にあっているかどうかを見ていきましょう。詳しくはこちら。
さて、生年月日によって、自分の本命卦がわかったら、自分の住んでいる宅卦と合わせてみてください。
今日の課題はその中で、方位磁石がさす方位が自分の住む家の宅卦と本命禍卦があっていても住んではいけない家についてのお話です。
正中心(せいちゅうしん)を通過する家
正中心
ど真ん中、一番の中心を言います 東西南北でいう 真北、真南 真西 真東
からだの中心、体重の中心など 変わることのない中心を言います。
たとえ、宅卦と本命卦が良くても、正中心を通過する家には住んではいけません。そのことを、今からお話ししましが、まずは正中心とは何であるかをお話ししなければなりません。
正中心を説明するにあたり。玄関が真北、真南、真西 真東などの角度に入ることでかえって膨大なエネルギーが家の中に入ってきた場合 家の住人の本命卦と合わなかったり、入ってくるエネルギーを処理できないと エネルギー過多となり 暴走します。
例えば、北向き玄関のマンションに住んでいるとします。玄関を開けて、夜空を見上げると、目の前に北極星がみえるとするなら明らかに真北向きの玄関と言えます。こういった真北に向いた玄関というのは、死者を祀る方位でもあります。
私たちの先祖は、今のように瞬間的に情報が流れてくるような環境に住んでいません。毎年の生活環境を知るために、太陽の位置、月の位置、星の位置で季節を知り、自分が何をすべきかと不安なとき、龜卜(きぼく)などで、神祇官(じんぎかん)に聞き、自分の行くべき方向を決めました、。それは直接的に言えば、神様に質問し答えを聞き出したと言えます。
こういった神祇の方位がまさに 真北、真南 といった正中心の線状でのやり取りでした。
こういった神祇官(じんぎかん)が亡くなったときなどは、南北を合わせて、祀り、祝って祝詞をあげあの世に送り込みました。このように古来からの風習において東西南北において真北、真南 真西、真東といった方位は神聖なものであったり、精霊に近ずくされた方位であるため、家の門をむけることはありませんでした。
ですが、最近の建築はそういったことは迷信として関係なく建てています。
古墳群に見る太陽の道
日本各地には多くの古墳が見受けられます。日本最大の古墳といえば鍵の形の仁徳天皇陵古墳です。仁徳天皇陵古墳の下に仁徳天皇の子である履中天皇陵古墳があるが、このような古墳群においても方位を正して建てられているし、亡くなった人を祀るのにもこういった方位をきにしてきました。
これは、日本に古くからある思想で、東西線を縦として、南北線を横にする祭神、アマテラス大御神によるのかもしれません。
こういった方位を合わせることであの世に行く太陽の道を決めてきました。
つまり、東西南北の中心線が通過する道は、太陽の道というようにあの世に通じる道であると言えます。
ピラミッドも太陽の道に合わせて作られた。
エジプトのピラミッドを見てみると、真北、真南 真西 真東に各面がむいています。 そして角が北東、南西の太陽の道につながり、天体を地に下ろして建てられたとみています。 このようにあの世とつながる方位が各面と4角の各角で表していると言えます。
結論から言えば、ピラミッドは、あの世とつながる建物と言えます。
私たちは、現実世界に生きていて、あの世があるのかどうかといえば、50:50 (フィフティーフィフティー)でどちらともいえないと言いますが、歴史的建造物や、人の歴史、また、人だけが先祖を祀り、お墓をつくることを見てもあの世があると言えます。
そういった、目に見えない事柄をあいまいにしていると、結局、知らない事での弊害を受けます。
住む家の方位
さて、私たちの周りにある 古墳やピラミッドを見てきましたが、こうした方位を合わせ、正中心をとおるように作られた建物は、非常に強いエネルギーがたまるように作られています。こうした強いエネルギーを私たちの住む家に応用したらどうなるでしょう。膨大なエネルギーは、生命力に多大な影響を与えるので、暴走してしまいます。暴走は破壊を産むため、破壊は、何も生みません。お墓や、神を敬う建物は、多くの人が来て祈ったり数時間いるだけで済みますが、 東西南北を合わせ正中心をとおる個人の家を建てるべきではありません。
中国語の霊は零に通ずる。
余談ですが、太陽の道であり、東西南北における、真北、真南、真西、真東の正中心は、霊の通過する道であると言えます。
中国語における灵(霊)は零と発音が同じですし、日本語においても霊は、零と発音が同じです。韓国語においても霊(영)(やん)と零(영)(やん)となります。
ゼロ点は霊に通じるというのが古来から言われていて、こういった霊の通過する場所に家を建ててはならないのです。しかし現代の日本においては、こういった、原則を知らないことで、家を建ててしまうので、知らず知らずのうちに、住む家ゆえに不幸になっていることもあると言えます。