兌為沢(だいたく)
六四卦五八番目に位置するのが、兌為沢(だいたく)となります。兌為沢(だいたく)を表す卦は、䷹は陽爻が2枚重なった上に陰爻が1枚乗った形になります。陽爻2枚は、父性、男性を表し、その上に母性、女性が鎮座しています。
これは強い父性に保護された女性が守られた形となります。父親や、兄たちにまもられた末娘は、大事な存在として、男性たちの上に鎮座しています。☱兌卦は喜びの卦であるため、兌卦の上に兌卦が重なる兌為沢(だいたく)は喜びの2条となっているので、人間は、幸せになるために生きていて、生きる基本は喜びがベースになっています。
子供は絶えず親の後を追いながら楽しいことを自然としています。それは、親が、自分をたえず守ってくれる安全安心の中で生きているからです。楽しい喜びを先行させる兌為沢(だいたく)は、日々希望が自然と寄ってきます。 子供の心をいつも持つ末娘であるので、ついつい自分の欲望を優先させますが、家族は許してしまいます。末息子に接するのと違い、可愛さといずれ、きれいになる末娘の欲望は 善であるといえます。
この卦はあなたは人生を楽しむために生まれてきたと言っています。
兌為沢(だいたく)のイメージ
兌。亨。利貞。
「兌」の時、通じる。貞正であれば良い
兌卦の象徴は、末娘 沢 娯楽 笑い 色情 愛嬌 喜びとなります。 沢和人々に神々しい喜びと癒やしを与えてくれます。都会や、人混みから離れて山間の沢を尋ねると、夜の優しい光や景色に人々は、自然と心が和み、優しい気持ちをおもだします。リセットされた心は喜びが巻き起こり、人間として生きている喜びも深く感じ取り、自然が与えてくれる美しさは、人の心の棘を削ぎ落とし、なめらかな心の形へといざなってくれます。緩やかな沢之せせらぎは、コロコロと石を何十年、何百年と転がしながら丸く丸く丸くしてくれるように、人の心を丸くして喜びの笑みを起こさせます。
兌は、純粋さを呼び起こし、その純粋。ピュアは、純粋に親を愛し、兄、姉を愛して行ける愛嬌があり、そういった喜びを喜びとして自然に表現できます。
こういった貞正であれば良いといえます。このように、兌為沢(だいたく)のイメージのでーすになるものは、愛してくれるものに自然と美を返し、愛を受けるという自然の中の循環を起こします。自然が美しく愛でるのはこういった無限の循環が起こっているからです。
循環は、生命の息吹を奮い立たせます。もし、私の生活に循環がない場合、それは死を示します。人は、呼吸という循環、血液の循環、交感神経、副交感神経の循環がなくなれば、セレは、死と直結します。
兌卦の象徴はこうした命の循環、喜びと楽しみ、感動と感謝 愛と美の循環によって成り立っています。人々は言葉を受けて喜びを言葉で表現します。舌はとても小さな器官でもありますが、人を賛美することも、人を罵倒することもできますが、罵倒されたものからは喜びを得られないように、喜びは賛美から生まれることを知らなければなりません。
兌為沢(だいたく)の六爻
兌為沢(だいたく)の六爻は、下から順番に、初爻、二爻。三爻、四爻、五爻、六爻の並びが、初陽、二陽、三陰、四陽、五陽、上陰と並んだ状態を兌為沢(だいたく)といいます。
六爻の位置は社会的位置を表しています。 初爻は庶民、二爻は士、三爻は大夫(たいふ)、四爻は公卿(こうけい)五爻は、君主、上爻は隠居した君主、あるいは知識人となります。
上陰 自らに取り巻きを作って喜ぶのは こころざしが低い 悪は徒党を組み、陰に引きずり込み、仲間を増やす。
五陽 騙そうと近づくものに対してもまごころで接するが、それゆえに危険が伴う。
四陽 幸せの価値を図るのに、物があふれるのが良いか、心の豊かさか迷い判別に狂う、熟慮して自らの悪、邪を退けるなら真の喜びが訪れる。
三陰 自分の思いを曲げてまでも人に合わせようとするなら、凶
二陽 人は互いに信じ 結ばれます。夫婦、親子も互いを認めせいいにあふれて喜びあい、悔いがなく 吉です。
初陽 猜疑心もなく疑うことの知らない心は、人と和して吉です。